人生観

桶狭間の戦い 歴史から学ぶ未来と成功への視点

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学生時代、歴史はあまり好きな科目ではありませんでした。

 

それはおそらく、ストレングスファインダーでも出ているように「未来志向」のせい。

その強みを間違った方向に発揮していたのだと思います。

 

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「過去なんて関係ねぇ!大切なのは、今、そして未来だ!」と、若い時にありがちな近視眼的で短絡的な思考に陥っていたのだと思います。

 

また、学生当時は単なる「暗記モノ」としてしかとらえてなかったので、その面白さに気づくことが出来なかったんですね。

 

歴史を学ぶ意味

なぜ、歴史を学ぶのか・・・

学ぶことが大切に思うようになったかというと、そこには様々な人やモノ、思考背景や欲望や志しが絡み合い、様々な視点があることに気づき、そこに面白味や深み、成功哲学を感じ取ることができると気が付いたから。

 

時代は移り変わり、進歩、発展し、目の前の景色はどんどん変わりました。

でも本当の思考の本質や思考回路は、過去も今も未来も、そう変わらないのではないかと思うのです。

 

ならば、過去や歴史上の出来事には、未来に活かせる学びがいっぱいのはずです。

 

電車の中で帰宅途中の学生さんが、

「おけはざまって何年だっけ? 覚えてもすぐ忘れし、めんどくさいよね〜」と言いながらテスト勉強をしていました。

 

自分もそうだったから余計に「早く気づいてほしいな・・・ 歴史は単なる暗記じゃなくてその背景を知ることが自分の生き方、考え方の学びになるのに・・・」と思ったのですが、もちろんそんなことは言えませんでした。

 

暗記した年号は変わる

私たちの歴史の教科書には、鎌倉幕府の成立は1192年でしたが、今は1185年とされているそう。下手に子供に教えられません。

でも、その近辺の源頼朝が征夷大将軍になる経緯や出来事を含めた歴史背景を知ると、また違った視点で鎌倉幕府の成立の成り立ちや意味を知ることができるかもしれません。

試験対策、テスト勉強としては年号を覚えることは大切かもしれませんが、人生を学ぶ上ではあまり年号に深い意味はありませんよね。

 

 

 

なぜ10分の1の兵力で勝てた?

諸説あり、もしかしたら間違っているかもしれないということを前提に・・・

 

桶狭間の戦いは、1560年の梅雨時でした。

 

東海の雄と言われ恐れられていた今川義元の軍勢 2.5万〜4万に対し、

尾張のいち武将だった織田信長の軍勢は3千ほど。

 

この圧倒的な数的不利の中で勝てたのは、「情報収集と集まった情報に対しての反応と行動」だったと思います。

 

夜通しの行軍、兵糧類の運び入れで疲れ切っていた今川軍は休んでいました。

そこへ、梅雨時期にありがちな「石水混じりの豪雨」(おそらくヒョウやアラレ混じりの雨)。

 

信長は、今川軍がこの激しい雨の中 兵が分散して休んでいることを情報として得た上で、疲れ切った今川軍に対し自軍の兵の体力を見て、さらに兵力を一点集中。

 

全体の兵力としては10分の1 でしたが、実際に織田軍と交戦した今川軍の兵数は、数千だったと言われています。(それでも織田軍の2倍近い数だったと言われますが・・・)

 

全体的な数では圧倒的な不利に見えましたが、的確な情報を得てタイミングよく判断し行動することで一気に形成逆転。

 

これは単に、

  • 奇襲が成功した
  • 天候が味方した

のではなく、情報の正確さとそれに基づく判断と行動のたまものです。

 

自分が信長だったら、どう判断しどう行動したか。

そして、それを今の自分の状況や環境に置き換えてみると、どう活かすことができるか。

 

また、自分が今川だったら、敵の動きをどう察知し、周りの人にどんな指示やアイデアを示せるか。

 

そんなことを考え、未来自分自身の在り方を示唆してくれるのが歴史です。

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桶狭間の戦いからの学び

「世紀の番狂わせ」とも言われる桶狭間の戦いですが、こうしてみると「然るべき結果」とも言えると思います。

 

名監督 野村克也氏が「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」(だったかな・・・?)という言葉を残しておられますが、今川からしたら、たまたまではなく、負けるべくして負けたと言えるかもしれません。

 

自分と周りの状況を知ること

もしかしたら、今川義元は大きな軍勢を率いて、統率が取れていなかったかもしれません。

相手が織田という、当時はまだ「名もなき武将」だったから、舐めていたのかもしれません。

今の自分に、慢心はないか? 味方や周りの状況はもちろん、相手の状況、状態。今 それをするタイミング、場所や時間、人やものの配置は適切か。

 

有限な資源を有効活用すること

もし今川が、適切なスケジュールで適度な兵力の集中と分散を工夫していたら・・・

もし信長が、3千の軍勢をいろんな方向に分散させていたら・・・

 

あれも大事、これも重要、あっちも心配・・・

そんな風にあれもこれもと考えていたら、信長はきっと勝てませんでした。

 

また、大雨の後の晴れたタイミングというのも、信長にとって絶妙だったと思われます。

 

事を成す、目標や目的を達成するには、持っているリソースを集中させること。タイミングを逃さず行動できるよう、準備しておく事。コントロールできること(軍勢)をコントロールできないこと(天気)を区別し、コントロールできることに集中すること。

 

まとめ 歴史は未来を示唆してくれる

桶狭間の戦いは1560年。

そのことだけを覚えても、あまり意味はありません。

 

そこに至る経緯(原因)はもちろん、なぜ圧倒的優勢だった今川氏が大敗したのかを考えてそれをどう自分の人生に活かせるかという視点で見てみると、歴史はいろんな事を示唆してくれますよね。

 

そこに正解はないのかもしれませんが、何かの気づきやヒントになるような気がして、最近は「もっと歴史を学ばなきゃ」と思うようになりました。

 

歴史を知ることは出来事の経緯や背景を知るということです。

そうして身に着ける「教養」は、人生に置いての様々な在り方を気づかせてくれる成長の糧になるような気がしています。

 

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父の位牌にお香を投げつけたという話がある信長ですが、その父・信秀の追善菩提のために豊臣秀吉に命令して京都の大徳寺に黄梅院を建立します。

結構優しい面もありますね。

 

この黄梅院、美しい緑の苔ともみじがあって、ものすごく素敵なところです。

この黄梅院がある大徳寺には、武将ゆかりの寺塔がたくさんあって、武将好き、歴史好きにはとてもオススメのお寺です。

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