実は去年(2016年)の今頃、ボクにとっては大き目のお金がなくなってしまいました。
正確には、もう少し前からなんとなく感じていたことが、現実となってしまったんです。
そのとき、失ったお金はもちろんですが、自分の人を見る目の無さや浅はかさに本当に腹が立ち、イライラしました。
でもそれと同時に、「まぁしゃあないか・・・」という気持ちにもなったんですよね。
言えない苦しさ
無くなったお金は、マンションを買おうと思って信頼していた人に託していたお金。
なぜそんなお金を他人に託すのか・・・ というのは多くの人が疑問に思うところでしょうが、そこは割愛します^^;
ボクの人生設計の中で、60歳過ぎたらマンションを買って・・・ というものがありました。
なぜなら、仮に60歳で新築かそれに近い物件を買えば、仮に85歳まで生きたとしてもまだ築25年です。
でも、さすがに60歳を過ぎてから住宅ローンも組めないだろうし、そこそこの金額を用意する必要があると考えて、不動産投資で資産形成しながら60歳で新築かそれに近い住処を手に入れるためのお金を作ろう・・・と思って、その道に詳しい人に託していました。
そのことは妻にも言ってなく、お金が無くなった・・・ とわかった時は誰にも相談できず、本当にしんどい思いをしました。
独りで悩むって、こんなにつらいんだ・・・ と感じ、
世の中にはきっと 今の自分と同じように誰にも相談できない悩みを抱えて孤独感を味わって生きている人がたくさんいるんだろうな。
そんな人たちの心の支えになれたら・・・ というか、人はみんな何かしらの悩みを抱えているんだけど、過剰な孤独感に絶えられなくて生きることを辞めてしまう人が少しでも減るような何かを、自分としてできたらいいな・・・ とぼんやりと感がる日々が続きました。
自分でコントロールできないことを何とかしようとするからイライラする
イライラと、どうしようもない孤独感や脱力感を味わいながら日々を過ごしていたのですが、こんな言葉と出会います。
はっきりしていることとはっきりしていないことをはっきり分けると、心がすっきりします。
そこで考えました。
<はっきりしていること>
・お金は戻ってこない
・そのことを悔やんでも仕方が無いと思っている
・とりあえず毎日の生活に支障はない
<はっきりしないこと>
・ 人生設計が狂ったから、どうしたらいいかわからない
・ 妻に言うべきか、言わざるべきか悩んでいる
・ 託した人がどうしているか知りたいが、連絡手段がない
イライラしたり不安や疑念が多いとそれらが思考の邪魔をして、はっきりしていることとはっきりしていないことの仕分けさえ、できなくなるんだな~ と思いつつ、とりあえず上の3つずつを挙げてみました。
そして、<はっきりしないこと>の3つについて考えてみました。
そしたら・・・
人生設計が狂ったから、どうしたらいいかわからない → また人生を設計すればいい
妻に言うべきか言わざるべきか・・・ → 毎日の生活に支障はないから言わない
託した人がどうしているか知りたいが連絡がつかない → 仕方がないからあきらめる
っていう結論をはっきりさせることができました。
気づきとして、
はっきりしないことをはっきりさせると、その解決・解消策を考えることができる 。
だから、はっきりしないこと ではなくなる。
はっきりしないこととはほとんどの場合、自分でコントロールできないこと。
それをなんとかコントロールしたい!と、あたふたもがくことを イライラする と表現するんだな・・・ と、イライラの定義づけができる。
コントロールできないことはどうしようもないやん・・・! というあきらめ(?)にも似た気持ちになれると、ずいぶんラクになる。
ということに気がつくことができました。
失って手に入れたお金じゃない大切なもの
騙された・・・
だから、人を信じてはいけない・・・ とは、今でも思っていません。
騙すのも人だけど、温かく寄り添ってくれたりいいこと(情報)を教えてくれたりするのも 人。
そして何より、自分で自分の気持ちを「処理する」という経験を積めたことは、今後の人生に役立つと思っています。
また、ボクに関わる全ての人にはこんな気持ちは味わってほしくないし、絶対に人を騙したり欺いたりしないように気をつけよう! と強く心に誓うことができました。
「騙したりしないよ、当たり前じゃん!」と思う人も多いかもしれませんが、あなたの周りにいませんか?
・約束をしていたのに、「別の用事ができた」だの何だの言って、約束を反故にする人
・「行けたら行く」のようなあいまいなことを言って、返事や結論を先延ばしする人
・タダでもらえるモンは何でも手にして、結局無駄にする人、感謝のない人
こういう、人からコントロール感を奪う人 にならないように、言動に気をつけよう・・・ と思うようになったんです。
生活に支障がないお金であれば、一時的に失ってもまた手元に廻ってくるように自分のエネルギー配分を調整すればいいかな~ ぐらいの気持ちで生きていけるようになれたのも、手に入れたもののひとつです。
金額としては(自分では)大きなものが手元からスルリと無くなり、また信頼していた人を失ったけれども、その経験から人生において大切なものって信用だな・・・ と言うことを腑に落とすことができ、また物事、出来事に対する捉え方次第で人生に対する印象はまったく違うものになるんだな~ ということと、どうしたらイライラのない穏やかな人生を送れるかのスキルを習得できたので、この経験も結果として、そのときに自分に必要なことが起きたんだ・・・ くらいに捉えることができています。
今はまだ、こんな経験をさせてもらったことに「感謝が芽生える」までには至っていませんが、もう少ししたら「大変な思いをしたけど、だからこそ今、人生の充実を感じられるんだな~」という気持ちになるような気がしています。
善悪や正誤を超えた、人生において大切な何か を感じる時期なんだなと思っています。